アンティーク
舞台に立つと、不思議と緊張は波が引くように消えていく。
ここまで来たら、後は練習の成果を出すだけ。
それ以外は、何も考えない。
とにかく、自分の音に集中するんだ。
そうして私は翼くんとアイコンタクトをして、ヴァイオリンを弾き始めた。
翼くんの音が、面白いくらいに私の音に絡みついてくる。
こんな風に思った伴奏の音は、初めてだった。
楽しい、音楽を奏でることが楽しい。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
最後の音を鳴らした時、はっと現実に戻ってきた。
これがコンクールの予選だったことを今思い出す。
余りにもそれを弾くのに夢中になっていて、ピアノとヴァイオリンの音のハーモニーがまるで虹色の様に鮮やかで、終わった後に翼くんを見ると、彼はうんと笑って私を見た。
「なんか、気持ちよかったです、こんな風に感じたの、今までにないです」
コンクールの後にこんな爽快感を覚えたのは初めてで、私は翼くんの手を握ってしまう。
「うん、僕もだよ」
「また、翼くんと一緒に舞台に立ちたいです」
「きっと立てる。今年がだめでも、来年も再来年もある」
どうしてだろう、この時初めて伴奏者と恋に落ちるソリストの気持ちがすとんと私の中に入ってきた。
一緒に音楽を奏でるこの高揚感は、きっと他の人とでは共有できない。
「玲奈、楽器を仕舞いに行こう」
「うん、そうだね」
高まる感情を抑えて、翼くんのあとに続いてここを後にした。