さよなら、片想い

 半月後、宏臣が依頼した振袖が私の元に届いた。

 使う染料もできていた。
 ただ、急ぎの大量注文の訪問着が入ってきて、そちらを先に描くことになった。

 先輩たちも交えて連日残業をした。




「差し入れがきましたー。手のあいた人から食べてくださーい」 

 土曜日の休日出勤だったから、この配慮はうれしかった。
 ヒサコさんのところに貰いにいった。プリンだ。


「誰からです?」

「差し入れ? 岸くん」

 ヒサコさんが岸くんと呼んでいるのは自分より年下だからで、岸くんというのは岸さんのことだった。


「課長からじゃなく?」

 私が言うと、業務用エレベーターのまえにいた課長が苦笑いで振り返った。

「わかった。次は俺がなんか買っとく」

 やったー、とか、課長かっこいい、といった声が遠くであがった。
 手描き作業中の先輩方だ。

 いくら岸さんの設計した訪問着とはいえ、それで休日出勤しているとはいえ、部署を越えて差し入れするのかあ……。

『君が名取さんか』と言われた日のことが頭をよぎる。
 設計したものが自分の手を離れても、あの人はちゃんと行く末を大切に見守っているのだ。


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