キス時々恋心

「いや……何も。思い出してくれただけでもいいや」

彼女のそんな反応を目の当たりにして間もなく、雪次郎は表情を和らげて自らのバイクの方へと足を進める。

初音が知っている少年の頃の“彼”とは少し違っていた。よく笑うし、よく喋る。
気がつかないはずだ。
こんな彼を初音は知らない。

雪次郎はバイクの座席を空けて薄いモノが入ったレジ袋と小さなバケツを取り出した。

「じゃーん!」とベタな効果音をつけると同時に、レジ袋の中に入れていた手持ち花火を披露する。

「花火……!」

初音は思わず指さして声を上げた。
ここ数年、お目にかかっていない代物だったからだ。

「俺……遼(りょう)さんみたいに女の人をフレンチとかに誘ってエスコート?みたいな器用な真似できないしさ。あっ、“遼さん”って今日来るはずだったレン彼の人ね」
「う、うん……」

雪次郎の話を聞きながら、初音はなんとなく相槌(あいづち)を打つ。
何だが色々とありすぎて、目の前にいる彼が代理だということも、そもそもレンタル彼氏だということさえ忘れかけていた自分がいる。
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