夫婦蜜夜〜エリート外科医の溺愛は揺るがない〜
勤務終了時間になり、医事課を出た。職員用の通用口を通り過ぎようとしたとき。
「桃子」
「ひゃあ!」
背後に人の気配を感じてビクッとした。心臓がバクバクして今にも飛び出しそう。
振り返るとキョトンとした新さんの顔。
「なにをそんなに驚いているんだ」
「い、いきなり後ろから声をかけられたら誰だって驚きます!」
半袖のスクラブから覗くたくましい腕には血管が浮かび上がっていて男らしさを感じる。腕だけじゃない、その分厚い胸板も、女の私とはちがう広い肩幅も、私の名前を呼ぶ低い声も全部。私の鼓動を跳ね上がらせるのには十分だ。
「そうか、そんなつもりはなかったんだが」
不意に顔に熱がこもっているのがわかって、とっさにうつむく。今まともに顔を合わせて話せない。
「どうしたんだ、暗いぞ」
「なんでも、ありません」
「そんなふうには見えないけどな」
なにかあったって新さんに言えるはずもない。それまでの関係なのだから。
どうしてこんなに気分が沈むの。木下先生が気になって仕事にも集中できないし、情けなさすぎる。
「当直がんばってくださいね。お疲れさまでした」
一礼すると、私は逃げるようにその場から駆け出した。