探偵さんの、宝物
「おかえりなさい、楓堂さん。お疲れ様です」
ドアが開く音で、私は小走りに玄関に向かった。
「ただいま戻りました」
紺のコートを着た楓堂さんは、外からの冷気を背負って帰ってきた。
夜になるまで尾行を続けていたから、きっと寒かっただだろうな。そのせいか、どこかぼんやりこちらを見ていた。
私は「今お茶を淹れますね」と言って廊下を通ってキッチンに向かう。十五分ほど前に『今から戻ります』と連絡が来ていたので、頃合いを見てお湯を沸かしておいた。
急須にお湯を入れている段階で、玄関から「ありがとうございます」という声が聞こえた。やっぱり反応が遅い。
「依頼人が家に入るまで見届けた後、僕はストーカーの尾行をしました。
その結果、家を特定することができました」
楓堂さんのマグは藍色、私のは撫子色、白い湯気が上がっていた。
彼は書斎のデスクで、デジタル一眼レフで撮った写真を調査報告書用に選別している。私はその隣でパソコンに向かい、彼が持ち帰った動画のバックアップを取っていた。
「撮った映像を依頼人に見てもらったら、違うクラスの男子生徒だということでした」
「同じ学校の生徒ですか。そんなこともあるんですね……」
「顔見知りの場合が最も多いですからね。
犯人が未成年というケースも、前にいた事務所ではありました」
そうなんだ、顔見知りが一番多いんだ。
この頃感じている『あれ』も、実はそうだったりするのかな。
「これからあと二日証拠集めを続けて、その生徒本人だという裏も取る予定です」
「あと二日、ですか」
私はデータを移し終えて、マグに口をつける。
明後日までお留守番しないといけないのかと思うと少し気が重くなった。
「午前中はいつも通りいますから。
今日は依頼人さんと今後のことを話し合って遅くなってしまったので、明日以降はもう少し早く帰れると思います」
楓堂さんも作業を中断し、背もたれに体を預けてお茶を飲む。
「美味しい」
一口を味わって、しみじみと言った。
縁側でお茶を飲むおじいちゃんみたいだ、と思った。
「ふふ、よかった」
笑って言うと「なんですか?」と聞かれた。私は笑顔のまま首を振る。
――仕事の時はとても頼りになるのに、事務所で二人きりの時は天然な感じがする。
最近気づいたけど、彼はいつも穏やかに笑っているようで、色々な表情や仕草を見せていた。
今はほら、顎に手を当てて、納得いかなそうな顔をしている。
「あ、そろそろ時間ですよね」
彼はしばらくすると諦めたのか、壁掛け時計を見上げて言った。
「気をつけて帰ってくださいね」