探偵さんの、宝物

二節【名取さんの激励】

 件のストーカーについて相談するために、前の事務所の所長の名取さんを呼んだ。
 名取さんは僕の師匠であり、三年前に僕の『初恋の人捜し』を手伝ってくれた人だ。

 ただ、癖の強い人なので、被害者が尾花さんだということは伏せて相談しようと思っている。……正直に話したら、絶対色々言われるから。



「よう、昴。初恋の人を事務所に入れたんだって?」

 居酒屋の個室の座敷で、開口一番そう言われた。
 名取さんは四十代前半の、浅黒い肌の男性だ。ともすれば、その道の人に間違えられそうな雰囲気がある。

「え、僕言いましたっけ?」
「ははは、うちのデータを舐めんなよ」
 にやにや笑いを浮かべている。
 ……これは確実にからかわれる。さっさと本題に入るべきだ。

「確かに、尾花さんは今調査員として働いていますよ。
 今日ご相談したかったのは彼女のことについてです」
 尾花さんのことはばれているので正直に話すことにする。
「まぁ、お前が俺に相談なんて言うからにはよっぽどのことだろ。何があったんだ?」
 彼は薄く生えた髭を触りながら、片眉を上げた。

 僕は事の経緯を説明した。

「そういや昔、似たような依頼があったな」
 名取さんは焼き鳥を口に入れたまま話す。

「中折れ帽の男に毎日つけられてて、でも被害はそれだけだって言う話だった」
「素性は、割れたんですか?」
 僕は食い気味に聞く。
「いや……。俺が担当したんだが、一日目は失尾した」
 名取さんは舌打ちして言った。
「んでな、調査の二日目、依頼人は突然依頼をキャンセルしたんだ。
 ……その後、急に海外に渡ったらしい。
 調べでは普通のOLだったからよ。不気味な感じがしたな、アレは」
「キャンセル、ですか」

 ――依頼人自身が依頼を終了させて、突然海外に渡った?
 何があったんだ……?
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