探偵さんの、宝物

 僕が考え込んでいると、名取さんが「全然飲んでねぇな、飲めよ」と勧めてきた。

「なぁ、それよりお前さ、まだその娘と付き合ってねぇだろ?」
 遂に、その話題を振られた。
 僕は苦い顔で頷く。
「はい……」

 焼き鳥の串が、びしっ、と僕の鼻先に突きつけられた。

「高校生かよ!」

 言葉が僕に突き刺さった。
 自分でも思っていたことをストレートに言われ、ぐうの音も出ない。
「捜したの三年前だろ? 入社して一ヶ月だろ?」
「はい……」
 僕は弱々しく返事をした。新人の頃、ミスして怒られたときを思い出す。

「ストーカーもさ、ちゃんと相手がいるって分かれば引き下がるかも知れねぇし。
 そうでなくとも一緒に住んじまえば今より安全だろ?」
「そうですね……」
 僕が片言気味な返事をすると、名取さんは長い溜め息を吐いた。

「俺ぁなぁ、お前の結婚式に呼ばれんのを楽しみにしてんだからな?」
 そんなの勝手に楽しみにされても困る。
 例え、万が一、いつかそういう日が来たとしても、この人を呼ぶとややこしいことになりそうで嫌だ。

「それは気が早すぎるでしょう。
 やるとしても家族挙式にしますから」
「じゃあ呼んでもらえるな」
「仰る意味が分かりませんね」

 僕が冷たく言うと、彼は鼻をすする音を出しながら手の甲で涙を拭う仕草をする。
「酷いよなぁ……。
 息子みたいなもんだと思ってたのに……」
 わざとらしい。嘘くさい。

 彼はおもむろに鞄からタブレットPCを取り出し、操作してから僕に見せてきた。
「ほら、式で流すムービーの用意もバッチリなんだぞ」
 動画が再生されている。

 ――夕方の街で手を繋ぐ、僕と尾花さんの後ろ姿。この間の徒歩尾行の様子が映っていた。

「ちょっ! いつの間に!
 何撮ってるんですかやめてくださいよ!」

 ――何やってるんだこの人。仕事しろ。
 それにしても、あの時は全く気付かなかった。この人の“腕は”誰もが認めるところなんだけど。

「いや、この時の依頼はうちが手一杯でお前に頼んだ案件だったろ?
 俺はその日の仕事が思いの外早く片付いたんで、様子見に行ってみたんだ。
 ……それが、なぁ?」
 彼は楽しくて堪らないと言う風に、にやにや笑いを浮かべていた。

「手を繋いで恋人のフリねぇ……?
 俺ぁそんなこと教えたっけかな?」

 両手で耳を塞ぎたい気分だった。

「相談に乗っていただきありがとうございました。帰ります」
 僕は上着を手に取り、食事代金を多目に机に置いて立ち上がった。
「悪かったって! そんな怒んなよ……」
 僕は「それでは、また」と頭を下げた。

 最後に名取さんがこう言った。
「今度取って置きの依頼持ってくからな。
 あの娘、絶対モノにしろよ。俺が一緒に足使って捜してやったんだからな」



 ――自分だって分かってるさ。
 家で「おかえりなさい」を言われて満足してる場合じゃないってことは。
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