探偵さんの、宝物

三節【母のお気に入り】

 ――なんでここまでしてくれるんだろう。

 彼の優しさは美点だと思うけど、親切すぎて心配になる。
 家まで送ってくれるなんて、楓堂さんだって疲れているはずなのに。
 
 誰にでも、こんなに優しくするのかな。
 所長として、部下に優しくしているのかな。

 彼は私のこと、どう思っているんだろう。



 車の窓から見える街路灯には、気が早いことにリース型の電飾が点滅している。

「尾花さんは、気になっている映画とかありますか?」

 運転席の彼は、バックミラーを確認しながら言った。
 楓堂さんが送ってくれるようになってから、あの帽子の男性を一度も見ていない。車で追って来ることもないようだ。

 送ってもらううちに、色々と個人的なことも話すようになった。
 いつもこっそり横顔に見惚れていることは、内緒だ。

「『ニンジャアンドスパイ』ですかね」
 助手席に座る私は即答した。
「おお、アクション映画ですね。今上映中の」

 架空の都市トーキョーを舞台に、ライバル同士の忍者と女スパイが利害の一致で手を組み、悪の組織の陰謀に挑む、というストーリー。
 密偵とは思えないド派手なアクションと、主人公たちの恋愛が見所、という評判だ。
 私は突っ込み所満載のアクションスパイ映画が結構好きだった。

「そうです。楓堂さんはアクション映画とか、お好きですか?」
 ……正直に答えちゃったけど、引かれてないかな?
 私が内心不安になりつつ聞くと、彼は頷いた。
「スパイ物は興味ありますね。面白い道具が出てきますし」
 スパイグッズが好きなのかな。
 子供の頃から探偵を目指していたからかも知れないな。……そう考えると、可愛い。

 最後の信号を左折して、車は細い道に入ってゆく。

「あの、もし良ければ」
 彼はそう言って、一呼吸置いて続けた。

「今度僕と一緒に、観に行きませんか?」

――楓堂さんと一緒に、映画。

 勢いよく「行きたいです!」と言いそうになるところを、ぐっと堪えて大人らしく微笑んだ。

「はい、ぜひ」
「良かった。いつが都合が良いですか?」

 彼の横顔をちらちら見つつ、次の休みの予定を話し合った。
 胸がとくとくと、嬉しそうに鳴っていた。

 二人で、プライベートでお出掛けするということは。
 例えば友情とか、そういった恋愛的な感情以外かも知れないけど。

 ただの社員以上には、思ってもらえてるのかな。
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