探偵さんの、宝物
 家に着くと、私たちが車のドアを開ける音を聞いたのか、母が出てきた。

「本当にねぇ、いつもありがとうございますね、楓堂さん」

 母は楓堂さんを見るといつも嬉しそうに笑う。

 彼女は私が『探偵事務所に入る』と言ったときから、楓堂さんと私の関係について飛躍した推測をしている。
 ……勝手に将来の息子として見ないであげてほしい。楓堂さんにも選ぶ権利ってものがあるんだから。

 ちなみに、私が探偵になることについては別段何も言われなかった。
 「いいんじゃないの? 案外向いてるかもね」というくらいの感想だった。
 懐が大きいと言うか、無関心と言うか。

「いえ、僕が勝手にやっていることなので」
 楓堂さんは爽やかに言った。
 母は感心したように溜め息を吐く。
 確かにこの好青年っぷりは、世の娘を持つ親の心を掴むだろうな、とは私も思う。

「防犯カメラの取り付けもやってくれたんでしょう?」

 楓堂さんはうちの玄関にセンサーカメラを設置してくれた。人が近づく度に録画されるらしい。
 ……余っていた機材の一つだって言ってたけど、本当だろうか。

「犯人が近づきにくくなりますし、証拠が残る可能性もありますからね」
「ええ、カメラがあるだけで安心できますよ。
 私も残業することもあるし、会社に泊まらないといけない日もあるのでねぇ」

 母は現役で、ウェブ関係の仕事をしている。今日は珍しく早く帰っていたが、普段は私が先に帰って夕飯を作ることが多い。

「そうですか、結月さんが一人になることもあるんですね……。それは、心配ですね」
 楓堂さんは顔を曇らせた。



 楓堂さんが帰った後。
「あれはあんたに気があるわね」
 母は確信した風に言った。
「私がストーカーに遭ってるから、送ってくれてるだけだよ」
「ふぅん」
 にやにや笑われても、実際そうなんだから仕方ない。

 ……映画には、誘われたけど。

 ――楓堂さんは、どういう気持ちで誘ってくれたんだろう。
 少しだけ、期待してもいいのかな。

 でも、浮かれすぎるとあとで傷つくことになるかも知れないな。
 気をつけよう、と自分に言い聞かせた。

 靴箱の上では、まだあの時のピンクの桔梗が咲いていた。
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