探偵さんの、宝物

三節【浮き立つ心、強まる力】

「一ヶ月、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」

 僕らはスパークリングワインの入ったグラスをかちんと鳴らした。
 薄い金色でよく冷やされたそれは、甘口で果実の風味が強く飲みやすい。



 前回の件はもう二日尾行を続けて証拠を取ることができ、報告も終えた。

 その後に尾花さんから「打ち上げしませんか?」と誘われて、飲みに行くことになった。
 彼女がこの創作イタリアンのダイニングバーの予約もしてくれた。
 明日は調査予定も無く休みにしてあるので、今日は気がねなく飲める。

 尾花さんが探偵事務所に入社して一ヶ月経ったので、丁度いい区切りなのかも知れない。
 僕としては寧ろ月一の定例会にしたいくらいだ。週一でも可。 



「探偵の仕事はどうですか? 慣れてきましたか?」
「少しは慣れましたかね、お陰さまで。
 最初の調査の時は本当にびっくりしましたけど」
 最初と言うとラブホテルの件だろう。
「ああ……あの時はすみませんでした」
 僕は決まりが悪くて一口飲む。飲みやすいが、意外と度数は高いかも知れない。 
「衝撃でした。でも、今考えると、あれで緊張が解けたところもありますね」
 彼女に取ってはもう笑い話になっているようで安心した。あの時は辞められないか結構心配していたから。

「あの、一昨日のことなんですが。
 あれから何か変わりありませんか?」
 この間尾花さんを家まで送ったら、明らかに怪しいニット帽にサングラスにマスクの男が曲がり角の向こうから玄関を覗いていた。
 咄嗟に撮影するも、奴はそそくさと逃げ出したため鮮明に映らなかった。
 体格的にも服装的にも、帽子の男とは違う気がする。待ち伏せか? 奴の仲間か?

「うーん、特にはないですかね?
 昨日はいなかったですしね」
「地域情報のサイトで見ましたが、不審者の報告もあるみたいですね。三十代と見られる男性がうろついているとか……。
 他には、何か気になることはありませんでしたか?」
「そうですね……。
 非通知で電話が来るようになりましたかね。
 まぁ以前からたまにはありましたけど、最近増えたかなって感じがします」
「なるほど……」
 もしそれが犯人からの電話だとすると。電話番号を知ってるなら知り合いか、それか何処かから入手したか……。

 腕を組んで考え込んでいたが、はっとする。
 何暗い話題を振っているんだ僕は。折角サシで飲みに来たのに。

 コースにはワインやカクテルの飲み放題がついている。彼女はそこそこ飲んでいるようだ。白ワインや甘いカクテルは飲みやすいだろうけど、大丈夫だろうか。
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