かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
長嶺さんの言う“大事なもの”というのはきっとピンバッジのことだ。恭子さんから聞いたというのも意外だったけれど、実際ピンバッジの捜索は今のところ難航していた。

「あれは……私が馬鹿だったんです。恭子さんから肌身離さずちゃんと持っているようにって忠告されてたのに、それをなくすなんて……」

頭の片隅に追いやっていた憂い事が、私の中でみるみる広がっていくのがわかる。今にも手が震えだしそうで誤魔化すように手を揉み合わせた。

「この施設内の委託清掃業者にも警備員にもその件を話してみたんだが、残念ながらそういったものは見つかってないそうだ。総合案内からもまだ連絡がない」

「そうですか……わざわざすみません」

委託清掃業者や警備員はお客さんの落とし物がないか施設内を隈なく見て回る。どんなに小さなものだって見つけて拾ってくれるけれど、それでもないということはもうこのアリーチェ銀座内にはないのかもしれない。まるで神隠しみたいだ。

「あまりこういうことは言いたくはないが……」

長嶺さんがシンクでお皿を洗い、私へ向き直ると笑みを消した。そして、しばらく言葉を考えてからゆっくりと口を開く。

「盗まれたという線は考えたか?」

「え……盗まれた?」

落としてなくしたとばかり思っていたから、長嶺さんに言われるまでそんなこと考えもしなかった。

盗むだなんて、一体誰が? なんのために?
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