かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
店を出て恭子さんと別れた後、彼女の前では押さえていたモヤモヤが一気に胸に広がった。このまま家に帰る気にもなれず、その足で私が向かった先はアリーチェ銀座の最上階にあるルシェスだった。

店内にはテーブル席に三人、カウンターに二人のお客さんがいて、私はそれぞれのお客さんから程よく距離をとったカウンター席に腰を落ち着けた。余計なことを考えたくないときは、いつもより少し強めのお酒であるマティーニを注文する。

恭子さん、私が結婚するって言ってからやっぱり様子が変だった……どうして?

笑って『おめでとう』と言ってくれたあの表情も、無理に作ったような気がしてならなかった。

「お待たせしました」

カウンターに出された無色透明のマティーニに、小さなオリーブの実が揺らいでいる。私はしばらくそれを見つめてぼんやりしていた。すると、カウンターの端に座っていた男性が席を立ち、グラスを片手に私の席へゆっくり歩み寄ってくる姿を目の端に捉える。そして、その男性はごく自然な動作で私の隣へ腰を下ろした。

「おひとりですか?」
< 161 / 220 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop