かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
怒りに任せて次なる暴挙に出る前に、私は水の入ったグラスをテーブルから掴むと、なんの躊躇もなく石野さんの頭にぶちまけていた。その様子に、ソファに座っている全員が口を開けて固まる。

「石野さん、少々飲みすぎのようですね。頭をよく冷やして冷静になってください」

「君……」

頭から水をかけられたことを理解できないでいる石野さんは、放心したまま目を見開いて止まっている。おそらく今まで女性からこんな仕打ちを受けたことなど一度もなかったのだろう。

私の突拍子もない行動に長嶺さんはしばらく驚いてから、くっ、と喉の奥で笑った。水をひっかけられて呆然としている石野さんの姿が滑稽過ぎて堪えきれなかったのか、口元に拳を当てて身を震わせた。

「芽衣、行くぞ」

差し伸べられたその手を今度こそ掴む。そして、力強く引き寄せられ、私は長嶺さんと逃げるように部屋を出た。そのとき。

「長嶺先輩!」

廊下を足早に歩いていると、背後から長嶺さんを呼び止める声がした。それは石野さんではなく、私たちの後を追ってきた前崎さんだった。なにかもの言いたげな様子で、その表情は複雑な色を浮かべていた。

「あの……せんぱ」

「お前のせいじゃない。あのこと、ずっと自分のせいだって思ってたんだろ?」

「え?」
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