かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
不意に出た長嶺さんの言葉に驚いて、私はパッと顔をあげ目を瞠る。

「……知ってたんですか?」

「ああ、加々美さんから聞いたんだ。君に転勤の辞令が出てること……それに同意したそうだな。誤解が解けた今でも、その気持ちは変わらないのか?」

私の頭を撫でる手を止め、少し身を離すと長嶺さんは私を見つめた。

正直、その件についてはまだ心のどこかで決めかねていた。

長嶺さんと恭子さんが恋人同士だという疑惑だけが迷いの原因だったら、誤解が解けた時点で「パリには行かない」という決断をしていただろう。けど、私情を抜きにして辞令は仕事だ。私は会社から必要とされて選ばれた人材なのだ。そう思うと、心に迷いが生じた。

「赴任期間は一年と聞いている。芽衣、知ってると思うけど、俺は意外と気の長いほうなんだ」

「え?」

「どんな答えを出そうと、俺はいつだって君の背中を押す。だって、そうしてやれるのは俺だけだろ? なんせ、仕事をしている芽衣はすごく輝いている。俺はそんな君に惚れたんだ」

びっくりし過ぎて言葉が出てこなかった。息をつめたまま見入ってしまう。てっきり反対されるかと思っていたのに。

「ただし、もし行くなら条件がある」

「条件?」

「花澤芽衣じゃなく、長嶺芽衣になってから行ってくれ。これだけはさすがにもう待てない」

長嶺さんが鼻先を擦り寄せ、そして唇を押し当てるだけのキスをした。

「ふふ、わかりました。こちらこそよろしくお願いします」

その甘えるような彼の仕草に、私は思わず笑みをこぼさずにはいられなかった――。
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