かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
それは昨夜、石野さんのパーティーで私がグラスの水を彼に頭から引っかけたときの画像だった。『石野氏の屈辱! 女性に振られて水を浴びせられる! 拡散希望』という揶揄めいたコメント付きで。

「この写真のアングルからして、あのソファに座っていた誰かが撮ったものだな」

「え? それって……」

もしかして、前崎さん?

顔を合わせると長嶺さんがニッと笑う。私と長嶺さんが思い浮かべた人物は、どうやら同一人物のようだ。

「恭子さん、石野さんのこと知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、しつこく『我が社と一緒にお店をよりいいものにしませんかー?』ってずっと営業に来てたのよ。私、ああいう自分の会社の利益のことしか考えていないタイプ無理! いけ好かない感じも気に食わなかったし。だから芽衣さんがあいつに水ぶっかけたって冬也から聞いて、もー! このネタでしばらく笑えそうだわ」

恭子さんはまた思い出したようにクスクス笑って、見ると長嶺さんもつられて噴き出していた。

「君って案外大胆なことするよな? 惚れ直した」

「そ、そうですか? あのときはもう、必死で止めたくて……」

あんなことしたのは初めてだった。だから改めてそう言われるとなんだか恥ずかしい。

「ふふ、冬也は愛されてるわねぇ。あー、いいなぁ! 私も早く新しい恋見つけなきゃ」

失恋の傷はまだ抱えているものの、なんとか笑顔になってくれた恭子さんを見てホッとする。

私は明日、長嶺さんと今度こそ役所に提出しに行く。そして、正式に彼の妻となり、長嶺芽衣と名前を変える。

新しい人生の門出に思いを募らせていると、膝の上に置いていた私の手を長嶺さんがテーブルの下でギュッと握った。

「なに二人ともニヤニヤしてるのよ?」

恭子さんが怪訝な顔で首をかしげている。その間もずっと手を繋いでいるなんてことは、私と長嶺さんのふたりだけの秘密だ。

私は指を絡め、それに応える。“愛してる”を込めながら――。
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