かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「今日からよろしくお願いします」

アリーチェ銀座の営業時間は十時からレストラン街を除き二十一時まで。

昨日、恭子さんから指定された時間よりも少し早めに店に入り、スタッフに元気よく挨拶をする。

今日から仕事開始だね! 気合い入れていかなきゃ。

私の着ているグレーのスーツジャケットの胸には、「信頼」「誠実」という意味を持つ“ビオラ”の花を模った銀素材の小さなピンバッジが輝いている。

これは私が国際カスタマーアドバイザーコンテストで新人賞を受賞したときに賜った大事な私の名誉の証。これを身に着けているだけで背筋がシャキッと張った気分になるから不思議だ。

「あ、芽衣さん、今行くわ」

白いシェフコートを身に纏い、ずれないようにピンで帽子をとめた恭子さんが急いで作業を片付けている。いつでも二十度に保っているという厨房付近に立つと、軽く寒気を感じてほどよい緊張感が湧く。

とにかく、今だけ昨日の夜のことは忘れよう。

胸に手を置いて、改めて自分に声をかけて仕事に集中することにする。

「お待たせ、今日からよろしくね! 先代が亡くなって私が生菓子のほうもフォローしてたんだけど、どうしても疎かになってしまって……バタバタしてるけど、事務所に移動しましょうか」

「はい。少し早めに来てしまったので返って急がせてしまったみたいですね、すみません」

店の裏側はコンクリート打ちっぱなし壁の通路と事務所スペース、バックヤードになっていて、薄暗い通路を歩いて従業員用出入り口手前が女子更衣室になっていた。

「いいのいいの、さ、狭いけど入って」

事務所内はデスクトップが一台と、椅子を挟んで向かいにある棚には資料やレシピなどがまとめられたファイルが所せましと並んでいた。恭子さんが言うように、そこへふたりも入ればかなり手狭な事務所だった。
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