【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
 エルシーは急いで侍女長の所へ戻ると事情を説明し、外出許可をもらって使用人棟の自室へと駆け込んだ。ベッドの上に脱いだお仕着せを放り投げ、慌ただしく普段着に袖を通すと髪の乱れを整える余裕もなく、王宮を飛び出し、ルークとともに家路へと急ぐ。

 家の玄関を開けると、エルシーの帰りを待っていたマティルダが、すぐに駆け寄ってきた。

「マティルダ、お母様のご様子は⁉」

「寝室でお休みになられていますが、水もお飲みになりません」

 エルシーはすぐに部屋へ向かい、母へ励ましの言葉をかけたが、握った手は力なく、顔色も悪い。信頼していた使用人から裏切られ父の形見も失ったショックが、元々身体の弱い母から精気と気力の全てを奪い去っていくような恐怖に見舞われ、エルシーは悔しさと悲しさで顔を歪めた。

 すでに盗難届は出したとルークから聞いている。母のかかりつけの医者を呼びに行ったが、身内の葬儀のため地方へ発ったあとで、二、三日は戻らないという。

 じっとしていられなかったエルシーは、母のことをルークとマティルダに任せると屋敷を飛び出し、他の医者のもとへ向かった。

 重い灰色の雲が広がる空の下、エルシーは馬車にも乗らず、住宅街へ出た。ウェントワース家には古い小型馬車が一台だけ残されていたが、御者の役目も担っていたロブが逃亡した今、エルシーは徒歩での移動を余儀なくされた。辻馬車は通常は住宅地を走ってはおらず、都の中心に出なければ捕まらない。

 歩いてたどり着いた一軒目の医者はちょうど往診で留守にしており、二軒目の医者は、エルシーがすぐに診察代を払えないと知ると、門前払いにした。

すでに夕刻は回っていて辺りは薄暗く、重く垂れ込めた雲から雨粒が落ち始めた。次に近い診療所まではかなりの距離があるが、それでもエルシーは諦めず進むしかなかった。いつしか雨は本降りとなり、エルシーを濡らす。水気を含んだ服がいつもより身体が重く感じられたが、気力を振り絞って前進し続けた。歩みを止めれば、気持ちまでも暗闇に引きずりこまれそうで、ただただ恐ろしかった。

(お母様がこのまま衰弱してしまったら……お母様まで失うことになったら、どうしよう……)

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