【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
 家に戻るなりエルシーは自室に駆け込んで着替えをし、すぐに母のもとへ向かった。

 診察中、祈るように手を合わせ部屋隅で見守っていた姉弟に、医者は振り返って穏やかに微笑む。

「心労による一時的な体力低下でしょう。もとからお身体は弱いとのことですが、それでも養生し、きちんと食事をとれば徐々に回復なさるでしょう」

「よかった……ありがとうございます……!」

 エルシーは涙目になりながら何度も頭を下げた。ルークの顔にも安堵の色が広がっている。



(そうだわ、アーネスト様にもお礼を言わなければ……お帰りになっていなければいいけど)

 母の容態で頭がいっぱいだったとはいえ、ようやく彼の存在を思い出した自分を恥ながら医者と部屋を出ると、腕組みをして廊下の柱に寄りかかって立つアーネストの黒い瞳と目が合った。

 待っていてくれた。

 いや、彼の一存でここまで医者を連れてきたのだから、最後まで見守らなければという責任が生じていただけといったところか。それを証明するように、アーネストは無表情のままエルシーからすぐ視線を外すと、医者を呼び止め話を始めた。

 それでも、エルシーの心は不思議と安心感に包まれている。誰かの存在に頼もしさを覚えるなんて、何年ぶりだろう。

 話し終えた頃を見計らって、エルシーは頭を下げ彼に感謝を述べた。

「アーネスト様、ありがとうございました」

「大事に至らなくてよかったな」

「はい。このご恩はいずれ必ずお返しいたします」

「それはいい。さっき君のドレスを俺の馬車で汚してしまった詫びだ」

「それはお気になさらないでください。それにこれとは別です」

「だから、いいと言っている」

「ですが――あっ」

 エルシーの言葉途中にも関わらず、アーネストは踵を返すと、これ以上のやり取りは無意味だと言わんばかりに、さっさと廊下を進みだした。

(きっと、無駄なことがお嫌いな性格なんだわ)

 なぜなのか、少しだけ寂しい感情に陥りながら、エルシーは彼のあとをついていく。



 廊下の先で待機していたマティルダに母を任せると、姉弟は馬車の待つ外へ、アーネストと医者を見送りに出た。しかし、乗り込んだのは医者だけで扉は閉まり、アーネストから何かを命じられた御者はすぐに馬車を出発させてしまった。
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