【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
「すごくいい話だよ。でも口止めされた。アーネスト様が直に姉様に話す、って。あ、名前で呼ぶのは不自然かな。兄様? 兄上、かな」
「……気が早いわよ。私はまだお返事していないわ」
エルシーは眉根を寄せた。弟はアーネストに、姉との結婚に関して何か取り引きを持ち掛けられたのかもしれない。貴族間の婚姻は当主同士で決めることがほぼ慣例となっているため、彼がルークを指名し、エルシーに立ち入らせなかったことも納得できる。
(でも、なぜ図書室に? よくわからない人……)
大きく息を吐きだすと、エルシーはやや硬い表情で厨房を出て図書室へ向かった。ドアをノックしてから入室する。
書棚の前に立ち、真剣な面持ちで本のページをめくるアーネストが視界に映った。彼の完璧な立ち姿と整った横顔に、意思とは関係なくエルシーが目が離せずにいると、やがて静かに本を閉じたアーネストが顔を上げた。
温度を感じさせない黒い瞳を向けられ、エルシーは我に返ると同時に背筋を伸ばし、軽くお辞儀をする。
「お、お呼びでしょうか」
「君は弟をどう思っている?」
唐突な質問に戸惑い、返事が遅れるエルシーに、アーネストは間髪入れずに畳みかける。
「ルークの将来を、だ。もう十五歳、身の振り方を考えていかなければならないだろう。ルークは将来、宮廷書記官になりたいそうだ」
「え……?」
「やかり初耳か。誰にも言っていないと、ルークが話していた通りだな。だが、聞けばこの屋敷に閉じこもって、この図書室に残ったやや時代遅れの本や古い資料で独学中。これでは夢は叶わない。君は、このまま弟をただの没落貴族の当主の座に据え置くつもりか」
アーネストの言葉は、冷たい氷の刃となって、エルシーの心に突き刺さった。ルークに何もしてやれないことに、ずっと後ろめたい気持ちを抱えてきたのは事実だ。だが、現状からして最低限家族の生活を守ることで精一杯なのだ。
アーネストもわかっているはず。なのに、なぜそんなことをわざわざ口に出すのか。エルシーはグッと拳を握りしめた。