【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍


「大変ご迷惑をおかけしました」

 エルシーとアーネストはケレット邸の応接室に招かれた。彼らの前にはケレット夫妻、アンナが座っている。ヴィンスは仕事があると先刻帰ったらしい。エルシーが部屋を借りた礼を述べると、ケレット夫妻は微笑みながら首を横に振った。

「いいえ、大事に至らなくてよろしゅうございました」

「ですが、正直申しますと、ここに到着してからというもの、まだ身体の重さが抜けきっておりませんの。まもなく夕刻ですし、これ以上、長居してしまってはさらにご迷惑をおかけいたしますので、これで失礼させていただきたいと思います。お世話になった礼は、後日改めてさせていただきます」

 エルシーは立ち上がると、礼儀正しく頭を下げた。アーネストの席を立つと同じように礼をし、彼女の腰に手を回してドアの方へと足を向けた。

「お、お待ちくださいませ、そんなお身体で馬車に揺られるのはあまりよくありませんわ。私どもは構いませんので、どうぞゆっくりなさっていってください」

 少し焦ったような夫人の声が、背後から聞こえてくる。それは、優しさゆえか、それともエルシーを引き留めたい口実なのか。

すぐ出ていく、というのは、エルシーが考えた作戦だ。本当にエルシーが必要なら、絶対に引き留めるはず。

 エルシーはゆっくりと振り向いた。

「お心遣い、心から感謝したします。なぜかここにいると……なんと申し上げればいいか……ご気分を悪くされないでいただきたいのですけれど、とても悲しい気持ちになりますの」

「……悲しい……? それは、どんな……」

「上手く説明せきませんけれど……嘆くような、悲しい感情です。ああ、申し訳ありません、きっと身体の不調がそういう気分にさせてしまっているんですわ。お気になさらないでください」

 エルシーが再び踵を返そうとした時、夫人が彼女の手をグッと握ってきた。
< 83 / 169 >

この作品をシェア

pagetop