愛され秘書の結婚事情*AFTER
<承>


 七緒を先に自宅で下ろし、一人で帰社した悠臣は、会社の一階ロビーに入って足を止めた。

 何やら受付が騒がしかった。

 見れば、やたら体の大きな外国人が、受付スタッフに向かって何事か怒鳴っている。

 男はかなり南部訛りの強い英語で、どうやらそれで、そこそこ英語が出来る受付嬢たちも、ヒアリングに苦労しているらしかった。

「お客様、どうされました」

 悠臣が英語で話しかけると、受付カウンターに両手を突いていた白人男性は、バッと振り向き彼の顔を見た。

「もしかして、あなたは僕の英語がわかりますか?」

「ええ。わかります」

 悠臣の返事に男は鷹揚に頷き、「安心しました。ちょっと伺いますが、ここは株式会社サブマリンの本社で間違いありませんか?」と言った。

「ええ、そうです」

 ゆっくりと相手に答えつつ、悠臣は男の風貌を観察した。

 背は、一八〇を越える悠臣より、さらに十センチばかり高い。

 かなり仕立ての良いスーツを着て、履いている革靴も上等だ。

 年の頃は三十代前半といったところか。あちらではモテるタイプだろう、垂れ目がちの細い目に精悍な顔立ちで、かなりの美丈夫だった。

 男の職業を推測しかけたところで、悠臣は男の次の言葉に固まった。

「僕はハリー・キングと言います。ここにお勤めの、ナオに会いに来たんです」

「え?」

「ナオです。チャーミングで綺麗な女性です。秘書をされているはずです」

「もしかして、佐々田七緒さんのことですか」

「ああ、そうです。彼女です。ハリーが会いに来たとお伝え願えますか」

「……あの、失礼ですが。彼女とはどういう……」

 悠臣が表情を変えたことにも気付かず、南部訛りのアメリカ人は、「それは言えません」と茶目っ気のある表情でウインクをした。

「アキヨとの約束なので。僕とナオ、二人の秘密です」

「アキヨって……桐矢晶代ですか」

「おー」

 ハリーは驚嘆の声を上げ、「もしかして、あなたはアキヨのご子息の、ハルオミですか?」と言った。

「ええ」

「それは大変だ。僕は大変なミスを犯してしまった」

 言うなりハリーは、「どうかアキヨに、僕がここへ来たことは秘密にして下さい。あとこれ……」と、ジャケットのポケットから名刺入れを取り出すと、自分の名刺にサラサラと電話番号を記した。

「これをナオに渡して下さい。ハリーが昨日の件で電話を待っていると言って下されば、彼女には伝わると思います」

「え……」

 いきなり洒落た黒い名刺カードを受け取り、悠臣は戸惑った顔でそれを見つめた。

「それでは、私はこれで。お騒がしてすみませんでした」

 ハリーは呆然と成り行きを見ていた受付嬢にも、「ゴメンナサイ」と片言の日本語で詫び、足早にビルを出て行った。

 悠臣は名刺カードを手にしたまま、複雑な表情でその後ろ姿を見送った。

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