愛され秘書の結婚事情*AFTER
    *****

 朝の給湯室で、そんな会話がやり取りされている頃。

 いつもの時間に出社した七緒は、常務室で一人、「ハァーーー」と重い溜め息をついた。

 昨日、ハリーが会社に来たことで、帰宅後の悠臣の機嫌は最悪だった。

 預かったからには仕方がないと、名刺はちゃんと手渡したものの、七緒がそれを受け取った途端、彼は「あの男とはどういう関係?」と言った。

「ていうか、昨日の件て何なの。もしかして昨晩は、彼と会っていたの」

「ええっと……。すみません。ちょっとお手洗いに……」

「えっ……」

 恋人の制止を振り切って、七緒はトイレに逃げ込んだ。

 そしてそこで、ハリーに電話を掛けた。

 彼からの“用事”は、七緒が想像した通りの内容だった。

 七緒の返事を聞いた彼は、上機嫌で「了解。うっかり昨日聞き忘れてね。本当は仕事の後にまた僕の部屋へ呼びたかったんだけど、フィアンセも同じ会社だってことを失念していたよ。ごめんね」と、初めて会った時と同じ、チャーミングな口調で詫びた。

「いえ、いいんです。こちらこそ、本当に有難うございます」

 七緒は感謝の気持ちを込めて礼を述べ、それから通話を切ってトイレを出た。

 しかしトイレを出た途端、厳しい表情で仁王立ちする悠臣に迎えられた。

「どうしてわざわざ、トイレで話すの」

 珍しく本気で怒った顔で、彼は言った。

「彼との会話は、そこまでして僕に隠さないといけないものなの」

「…………」

 追い詰められた気分で、七緒はうつむいた。

 そんな彼女を見て、悠臣はハァと嘆息した。

「……七緒」

「……はい」

「いくらうちの母が君に箝口令を敷いたからって、律儀にそれに従う必要はないんだよ?」

「……はい」

「君が母に悪いと思うのなら、僕は知らないフリをしたっていい。だから話してくれないか。昨日どこへ行っていたのか」

「あの……、ハリーさんを、紹介されました」

 渋々ながら、七緒は少しだけ情報を明かした。

「お母様のサーフィン繋がりのお友達だそうで。ハワイで知り合ったそうです」

「ふーん。それで?」

「え?」

「どうして彼は今日、わざわざ君に会いに来たの」

 悠臣はそこで自分のスマートフォンを掲げ、帰宅前にインターネットで見つけた、ハリーのフェイスブックページを七緒に見せた。

「確かに彼はサーフィンが趣味のようだ。アメリカで人気のグラフィックデザイナーだそうだね。女性ファンも多そうだ」

「そうですね……」

「名刺にはオフィス専用の電話番号がちゃんと載ってる。なのに彼はなぜ、君にはプライベートの電話番号を教えたんだ」

「多分、こっちに掛けて欲しかったからだと思います……」

「彼のファンなら、喉から手が出るほど欲しがるだろう、プライベートの電話番号を。昨日知り合ったばかりの、フィアンセのいる日本人女性に教える意味は?」

「…………」

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