愛され秘書の結婚事情*AFTER
    *****

「……というわけなんです」

 昼休み。

 悠臣が他の取締役達に誘われて、近くのレストランにランチへ出掛けたのをこれ幸いと、七緒は一人で医務室を訪れていた。

 憂い顔で溜め息をつく常務秘書を見て、十倉乙江は無言で呆れ顔をした。

「晶代さんとの約束がある手前、常務に全てをお話しするわけにもいきませんし……。でもこのまま常務を怒らせたままだと、あのプロポーズはなかったことにしてくれ、なんて言われそうで……」

 出社した悠臣は、昨日に輪をかけて不機嫌だった。

 そんな彼の怒りの表情に、七緒はこちらから言葉を掛けることも躊躇われ、結局、業務に必要な会話しか出来ないまま、午前中の仕事を終えた。

「晶代さんにご相談したら、勝手に怒らせておきなさいって、すごく呑気な返事しかいただけなくて……。ていうかちょっとだけ、揉めている私達を見て楽しんでいる節もあって……。こんなことを思うのは、私が未熟者だからでしょうか……」

「あなた達は、一見全然共通点がないように見えて、すごく似た者同士ね」

 全ての事情を聞き終えて、乙江は溜め息混じりに言った。

「晶代さんの性格からして、息子カップルを引っ掻き回して面白がっている、という面もなきにしもあらずだけど」

 晶代と面識のある乙江は、そう言って言葉を一旦区切った。

「むしろ彼女は、このくらいでダメになる結婚なら、今の内に止めてしまいなさいと思っているのかもね」

「えっ!」

「もしくは……。ああ、これは言わずにおきましょう」

「えっ、なんですか!?」

 七緒は椅子から立ち上がり、産業医兼カウンセラー兼恋愛相談係の乙江に向かい、深刻な表情で訴えた。

「先生、もし何かご助言があるのなら、仰って下さい。私もう、どうすればいいのか分からなくて……」

「……そうねぇ」

 さすがに七緒が可哀想になり、乙江は天井を見上げてから、言った。

「結局こういう男女間の揉め事っていうのは、一番正直に、そして誠実に動いた者の勝ちってことよ」

「……え、と。それはどういう……」

「あなたにも常務にも、一番必要なのは自信ね。もっと自分に自信を持って、良心の命ずるままに動きなさい。義理やしがらみや、建前や常識に縛られすぎると、そのうち身動きとれなくなるわよ」

「…………」

 七緒は口を閉ざし、再び椅子に座り直した。

 けれどその表情は、さっきまでの道に迷った旅人の顔つきではなかった。

 乙江からのヒントで何かに気付いた七緒は、真剣に何かを思う顔になって、「正直に……誠実に……」と、一人呟いた。

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