愛され秘書の結婚事情*AFTER
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 同日同刻。

 悠臣は悠臣で、苦悩の只中にあった。

 副社長に専務、常務といった社の重役連中と共に、話題のフレンチレストランに来ていた。

 渋谷に建てるビルの話題で盛り上がっている幹部達を横目に、彼は『季節のフルコース・初夏の彩りを添えて』という大層な名前のついたコース料理を、黙々と食べていた。

 だが、舌が麻痺してしまったように、ろくに味もわからない。

 さっさとこの退屈なランチタイムを終わらせて、会社に帰って恋人の顔を見たかった。

 彼は別に、七緒自身に腹を立ててはいない。

 おそらく自分と母親の板挟みになり、ひたすら困っているだろう彼女に対し、申し訳ないという思いもある。

 だがそれでもやはり、母親よりも自分を優先して欲しい、そういう我儘な気持ちもあった。

 さらに今回の件には、あの魅力に溢れたアメリカ人も関わっている。フェイスブックを見る限りキングは独身で、年齢は三十二と、色々な面で自分より七緒に釣り合っている。

 それが何より気に入らなかった。

 我ながら卑屈過ぎると思うが、そうなるだけの理由が悠臣にはあった。

 婚約して三ヶ月経つというのに、七緒は変わらず社内では秘書としての姿勢を崩さず、婚約を発表する気配もない。

 塚川央基とはあれきりだが、第二第三のライバルが現れないとも限らない。

 社内では、七緒に指輪を贈ったH氏が誰か、という話題が定期的に上がるが、そのHが自分だと考えるものが一人もいないという事実もまた、腹が立った。

 結婚式まではまだ一年近くあり、その間ずっと自分達はこのままかと思うと、今すぐ会社に戻って、「佐々田七緒の婚約者はこの僕だ!」と宣言したい欲求が湧き上がる。

 だがもちろん、そんなことは出来ない。

 自分がそれを実行した時、一番迷惑を被り、一番悲しむのが七緒だろうと思うから、彼は結局、ただ貝のように口を噤むしかない。

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