愛され秘書の結婚事情*AFTER
「あ、それと常務……」

「何?」

 相手の声に不自然な硬さを感じつつ、七緒は焦った表情で続けた。

「あの、今日、私、会社の方達とちょっと、お食事をご一緒する予定なので……。その、少し帰りが、遅くなるかもしれません……」

「食事? 誰と?」

「ええと……営業部の方とか……複数の部署の方達です」

「秘書室の連中じゃなくて、営業部の人間と? もしかして合コンてやつ?」

「ち、違いますっ! そんなんじゃありませんっ!」

 七緒は慌てて両手を振って否定したが、いつも冷静な彼女の動揺する姿は、明らかに何かを隠している、そのやましさから来ていた。

「あまり遅くならないようにしますから、あの、出来れば起きて待っていただけると、有難いです……」

「……わかった。もしかして、僕になにか大事な話でも?」

 カマを掛けるように悠臣が言うと、七緒は神妙な顔で「はい」と答えた。

 その申し訳なさを滲ませた表情に、悠臣の心は余計に騒いだ。

「……言いたいことがあるのなら、今、ここで話せば?」

「いえ、その……業務には関係ない話ですし……。長くなると思いますし……」

 そこで七緒は、グスン、と鼻を啜り上げた。

 悠臣はびっくりして、ほんのり涙を滲ませた彼女をじっと見た。

 七緒はすぐにいつもの表情になり、涙はすぐに引っ込んだ。

(何なんだ、一体。彼女は僕に、何を言うつもりなんだ……)

 聞きたい気持ちと、聞くのが恐ろしい気持ち、その狭間に立って、悠臣は椅子の背にドサリと凭れかかった。

「……佐々田さん」

「は、はい」

「申し訳ないけれど、今日の仕事で明日に回せるものは、明日に変更してくれないか」

「はい」

「それと、濃い目のエスプレッソを一杯、淹れてもらえるかな」

「……かしこまりました」

 七緒がその場で一礼し、部屋を出て行った途端。

 悠臣は「ハーーーッ」と長い息を吐き、机の上で頭を抱えた。

(あの時と、一緒だ)

 前妻とギクシャクし始めた頃の記憶が蘇り、彼は沈鬱な表情で机の表面を見つめた。

 言いたいことを言えず。聞きたいことを聞けず。

 伝えるべきことを伝えず。愛情を示す方法さえわからなくなった。

 嫌な思い出に弱った心をさらに打ちのめされ、悠臣は顔を上げて背後の窓へ視線を向けた。

 夏の陽光が林立するビルの壁に反射し、疲れた男の視界で世界を白く染めている。

「……だめだ」

 無意識のうちに、彼は思いを口にしていた。

「繰り返しちゃ、ダメなんだ。何とかしないと……何か、手を打たないと」

 だがどうにかしたい気持ちはあっても、一番肝心の七緒の気持ちが読めない現状、彼の打てる手などなかった。

 次の一手は今、彼女の側にあった。

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