愛され秘書の結婚事情*AFTER
    *****

 午後五時半。

 自分が社内で噂の的になっていることも知らず、七緒は「クシュンッ」と小さなくしゃみをした。

 すかさず隣に座っていた悠臣が、気遣わげな目で彼女を見る。

 今、二人は社外視察からの帰りで、社用車の後部座席にいた。

「大丈夫? 風邪?」

「……大変失礼致しました。いえ、ただ急に寒気を感じて……」

 六月下旬。

 すでに半袖でも汗ばむ陽気となり、逆にそれで夕刻には、汗が冷えて体温が下がりやすい。今の七緒はまさにその状態だった。

 手で軽く腕をこする彼女を見て、悠臣は「浅井さん」と、運転手に声を掛けた。

「会社に戻る前に、先に僕のマンションへ寄ってくれる?」

「かしこまりました」

 勤続十二年のベテラン運転手は、すぐさまウィンカーを出して車の行き先を変えた。当然彼は、七緒と悠臣が婚約済みなのを知る、数少ない一人である。

「常務? あの……」

「君は先に帰りなさい」

「えっ、でもあの……」

「いいから。明日も仕事なんだ。風邪を悪化させて休まれたら困る。これは上司命令です」

「…………」

 悠臣お得意の「上司命令」が発令され、七緒は渋々「わかりました」と目を伏せた。

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