いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました


***


「お邪魔します……」

恐る恐る声を出して、真衣香は坪井が玄関の扉を開けたままにしてくれている、その隣を通り過ぎて彼の部屋に足を踏み入れた。

足元をみる。
ベージュ色のタイルが見えた。ここに立つ自分の足。
あの日、うつむき、涙を流す真衣香がここを出る前に最後に見たものだ。

頭に浮かんだ苦い思い出も「どーぞ。早く入って」と、すぐに返事をくれた坪井の優しい声でうっすらと消えていく気がした。

リビングに入り「お前が来てくれるの、1ヶ月振りくらい?」と、弾む声で言いながら坪井はテーブルの上にあったリモコンに触れた。
ベッドの右上にあるエアコンのランプが緑に光って動き出す。

無音だった室内に、風の音が響く。
暖かい風が真衣香の身体に触れ始めたところで「冷蔵庫何か入ってたかな……」と呟き、坪井が傍を離れた。

その背中を見つめたあと、ぼんやりと見覚えのある部屋の様子を見渡してみる。

以前来た時と変わらず黒の家具でまとめられた部屋。
立ったままの真衣香に「座っててね」と、坪井が指差したソファも変わらない。何も、変わらないはずなのだけれど。

「うん、ありがとう」と、心ここに在らずで返事をして。
どこか殺風景になったように感じる坪井の部屋の中を、再び見渡していた。

(な、なんだろう……何が……あ)

驚き、声を上げそうになって、口もとに慌てて手をやった。
なぜか?何に驚いたのか?
前回、真衣香の心を大きく揺らしたものが、今日は"ない"から。

ベットに置かれていた、可愛らしいふわふわのクッションが見当たらない。
部屋の中にあったピンクの卓上ミラーもなくなっているし、その周りにあったアクセサリーの類も見当たらず、よく見知ったロゴの化粧品も無くなっていた。

そう。坪井が暮らしている形跡以外、何も見えない。
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