これは恋ですか。
「あら、華子、おかえりなさい」

定時に会社を出て帰宅すると、お母さんが玄関でお父さんの靴を磨いていた。

「どうしたの、お母さん」

「お父さんたら、靴も、ズボンの裾も泥だらけで帰ってきたのよ。
沼田さんがちょっと目を離した隙に、大学の研究用の池に入っちゃったみたいでね」

父は大学教授をしてる。沼田さんというのは、父の秘書。

その時の様子が手に取るように想像できる。
沼田さんにはいつも迷惑かけて申し訳ない。


お父さんは、リビングで新聞を読んでいた。


「ただ今帰りました」

「あぁ。
沼田くん、お茶」

「沼田さんじゃ、ありません。
華子です」

「そうか。
華子、お茶」

父は、あらゆることに無頓着。
自分の身の回りのこと、何一つできない。
それなのに、思い通りにならないと、すぐイライラする。


私はすぐにお茶を淹れた。

このお茶も熱すぎてはいけない。
ぬるすぎてもいけない。
パッと飲み干せる量と熱さが大事。

「華子。仕事はどうだ。
一条の御曹司の下で働くのはなかなかホネのいる仕事だろう?」

お茶を飲み干すと父が話しかけてきた。

「えぇ。毎日が戦争のよう」

「御曹司の足手まといにならないように、精進しなさい」

「はい」

お父さんはそれだけ言って、また新聞に目を落とす。


足手まといかぁ。
頑張らなくちゃね。




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