【完】終わりのない明日を君の隣で見ていたい
「聞かせてください。お願いします。先生のことは知りたいんです。覚悟はあります」
テーブルに額がつきそうなほど深く頭を下げていると、少し経った後で柳さんの脆くも落ち着いた声が落ちてきた。
「……わかった。綾木ん家、医者だらけのエリート一家でさ。けどあいつだけちょっと違ったんだよ。そんなだから区別されて、愛情なんてものとは縁がないまま育って、だれかに愛情を向けるのがすごく苦手なんだ」
……だからだったのかもしれない。付き合っていた頃、綾木くんがわたしに好きだと言ってくれなかったのは。あの頃の綾木くんが気持ちを保つためには、きっと心の壁を分厚くするしかなかったのだ。
自分自身の中に膨らむ重い空気を吐き出すみたいに、柳さんが視線を軽く上へ向けて、ため息をひとつ吐き出した。
「でもその後、彼女ができたんだよ。最初はその時付き合ってる相手がいなかったってだけで告白をOKしたらしいけど、その子と付き合いだしてから明らか顔が明るくなったんだ。心のリハビリっていうのかな。愛情表現はあの通り苦手だけど、その子のことすごく大切に思ってた」
「……そ、んな……」
まるで心がきゅーっと縮こもっていくような感覚と、鼻の奥がじんじん痺れる痛み。ふたつの感覚の板挟みになって、うまく息が吸えない。
知らなかった。気づけなかった。綾木くんに大切に想われていたなんて。ずっと、好きなのはわたしだけだってそう思っていたのに、まさか――。
『梅子』
不意に、わたしの名を、あの日の綾木くんが呼んだ。
……そうだった。わたしの名前を呼ぶ綾木くんの声は、いつだって優しかった。