雨のリフレイン
診察室で、三浦は黙って自分のCT画像を見つめていた。

「手術はしない」

全ての結果を見た三浦は静かに言って、娘を見た。

「人生の終点が見えた。残された時間は終活に使うとしよう。
香織、名古屋に戻ってこい。私の終活の手伝いをしろ。病院はお前が継いでもいいし、別の奴に任せてもいいし、どちらにせよ人選が必要だ」
「…わかりました」

うなづいた香織の声は、震えていた。

「一条は香織が呼んだのか?忙しい時期にわざわざすまんな。
老兵は、ここらで去るとするよ。
お前はまだまだ働け。新しい医療センターも、もうすぐだろう?しっかりやれ」

今でこそ、泣く子も黙る光英大学病院長の一条だが、指導医だった三浦だけは今でも尊敬すべき存在で頭が上がらない。


「ところでそっちの若いのは?」
「彼は、うちの若手のホープです。三浦先生が手術されるなら彼に、と思いまして」
一条が洸平の背中をポンと押した。

「水上と申します」
洸平は深々と頭を下げる。

「へぇ、一条がそこまで認めているとはな。
どうだね、君。香織と名古屋に来んかね。
君の腕次第では、香織と一緒になってもらって病院を任せることもあるぞ」

洸平からすれば雲の上の存在。その三浦と話をするだけでも緊張する。洸平が返事に詰まっていると。

「勘弁して下さい、三浦先生。水上くんは、横浜新医療センターのエースにするつもりなんです」

一条が助け船を出してくれた。

「そうか。ならば仕方がない。水上くん、期待してるよ」

それから三浦は青ざめて今にも泣きそうな娘の肩をポンと叩いた。

「香織、しっかりしなさい」
「だって、お父さん…こんな…」
「いずれ誰もが死ぬ。
死ぬまでの過ごし方を自分で選ぶことは重要だ」


三浦は、自分がどうなっていくかは分かりすぎるくらいよく分かっている。
だから、香織も一条も何も言えなかった。

「一条、もうしばらく香織を頼む。香織、こちらで準備が整い次第、帰って来い」


三浦は、落ち込んでる娘をこちらに託して出て行ってしまった。








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