闇色のシンデレラ
「……誰だ」



フラフラと近づいた俺の気配を察したか、壱華を抱きしめていた帝王が顔を上げた。


帝王の鋭い眼光が、凶暴な狼のように、俺の心身に恐れを植え付けた。


感じたことのない殺気と怒気に、体が(すく)み上がった。




「おや、潮崎組の理叶様ですね?どうかいたしましたか?」



そんな俺の視界に現れたのは、わざとらしく口調を改める帝王の弟。



「壱華……」

「ああ、この方のことですか。ご安心ください。
見ての通り『狼』が手中に収めました」



弱々しく壱華の名を呼ぶ俺に、嘲笑(ちょうしょう)を含んだ声が鼓膜を貫く。


視線を移せば「俺のものだ」と言いたげに捕まえた獲物を抱きしめ、鋭い視線を飛ばす帝王がいた。


負けたと、対峙せずとも本能が悟った。




「たった今から相川壱華は、荒瀬組あらせぐみ若頭の所有物となります」





俺は絶句した。


相手は闇の世界を支配する『3人の王』のひとり。


たとえこちらの味方であろうとも、そんな男に壱華を奪われれば、もう二度と会えなくなる。


そうこう考えている内に、壱華を抱きかかえた帝王と運転手が車の中に消えた。



「待て!」



声を荒げると、助手席に乗ろうとしていた男に冷たい視線を浴びせられた。



「まだ何か?まさかとは思いますが……根拠のないデタラメを信じてしまうようなクソ暴走族に、反論などとのたまう権利はありませんからね?」

「っ……」



正論、だった。


俺たちは頭ごなしに壱華を悪人と決めつけ、散々傷つけた張本人だ。


それを思うと、何も言えなくなった。


すると愛想をつかした若頭補佐は「それでは失礼いたします」と頭を下げ、乗り込むと同時に車を発進させた。


俺は去り行くテールランプを眺め、膝から崩れ落ちた。
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