となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 そして、その夜、広瀬様が腕を掴んでいたのは、あの彼女だ。二人で戻ってきたのだ。
 昨夜は、意識のないまま抱えられ、今夜は腕を掴まれて私の前を通って行く。彼女は少々引きずられているような気もするが、とくに助けを求めている様子もないので、通報の必要もないだろう…… そう、思いたかった……

 エレベーターの扉が閉まる際、彼女がこちらを見て、恥ずかしそうに俯く姿が見えた。



 次の朝、エレベーターから広瀬様が彼女と共に降りてきた。昨日の朝の彼女の姿から比べると、これは進歩と言っていいだろう……

 しかも、なんやら言葉を交わしていたが、エントランスから出ようとする広瀬様の腕を掴んで彼女は、マンション住人専用カフェへと入って行った。
 昨夜と逆の二人の行動に、思わず笑みが漏れた。

 やはり、あの二人は見ていて面白い……


 そして、その夜、私の予想を超える事態が起きた


 珍しく、広瀬様の車がエントランスの前に停まった。
 助手席から、あの彼女が降りてきた事に、私はほっと息を漏らした。
 しかし、彼女はサボテンの鉢を抱えている。運転席から降りた広瀬様は、彼女の抱えるサボテンより一回り大きなサボテンを後部座席から下ろした。そして、パキラの植木鉢などが車から降ろされる。最後にトランクから、スーツケース。

 スーツケースは分かる。だが、何なのだこの大量の観葉植物は…… しかも、それ以外の荷物はない。彼らは一体なにをやっているのだろうか?

 広瀬様が、車を駐車場に停める間、彼女は大切そうに観葉植物をエレベーターの前に運び始めた。状況はよく分からないが、私もお手伝いする。

「すみません、ありがとうございます」

 彼女は、申し訳なさそうに頭を下げた。
 その表情に、私は少しほっとした。今朝までの緊張が無くなっていたからだ……

 彼女は常識的な、一言で言えばよい人だと思う……
 長年、コンシュルジュをやっている私の感だ……
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