となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 恐る恐る差し出され手をたどって目を向けると、背が高くがっちりとした体に、グレーのダウン。
 ニット帽をかぶった顔は正面を向いたままで、表情は分からないが、整った横顔がネオンの光に映った。

 大きな手は差し出されたまま動かない。


「もらってやる」

 となりの男はそう言った。


「えっ?」

 もう一度、となりの男に目を向けるが、やはり知らない人だ。


「ほら」

 男の大きな手の平が、少し上にトントンと上がる。


 思わず、その大きな手の上に一粒のチョコレートを乗せた。
 かすかに指に触れた、その手は暖かくて、慌てて手を引っ込めた。


「冷たい手だな」

 となりの男は、ぼそっとつぶやき、チョコレートを口の中に放り込んだ。

 その言葉と、その姿に、サーと血の気が引いた。
 急に怖くなって、チョコレートの箱を紙袋に放り投げ立ち上がった。


「おい!」


 怖い!


 猛ダッシュで、その場を走って逃げた。


< 3 / 125 >

この作品をシェア

pagetop