となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 どうして、隣りに座るのよ!

 驚いて、悲鳴を上げそうになったが、どうにか抑えた。

 冷静にと自分に言い聞かせ、適切な言葉を必死で探した。


「昨日は、ご馳走してい頂きありがとうございました」

 社長の方を向いて頭を下げた。
 これでいいはずだ。


 社長は、眼鏡を外しポケットにしまうと、髪の毛を片手でさっと崩した。ネクタイを緩める姿に、昨日の広瀬社長になっていく気がして、また、胸が変な音になる。


「そっちはいい」

えっ? そっちじゃなきゃどっちだ?

 極力考えないようにしていたが、やっぱり朝の事だろうか? 広瀬社長は記憶があったと言う事だ……
 そんなに、都合よくはいかないものだと、現実を受け入れる事にした。


「今朝はすみませんでした。慌てていたもので……」

 だんだんと声が小さくなる。


「俺は寝起きが悪い。簡単には起きない。覚えておいてくれ」


「えっ」

 意味が分からない。なぜ、私が覚えておかなきゃならいのでしょうか? 聞きたいのに聞けない。


「それから、俺はあんたの連絡先も知らない。突然居なくなったら、心配するだろ?」

 私は、驚きのあまり返事も出来ずに、広瀬社長の顔を見た。

 社長は目を合わせず、コーヒーのカップを手にして口に運んだ。
 その顔が、少し赤くなったのは気のせいだろうか?


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