となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 ポケットから出した眼鏡をかけ、乱れた髪を整えて言った。

「広瀬グループの広瀬です。あいさつが遅れて申し訳ありません」

 丁寧な言葉は、勝ち誇った自信に満ちていた。


「ああーーっ」

 半分悲鳴に近い声を上げた野村の表情は、驚きで固まっている。



「友里には二度と近づくな!いいな!」

 広瀬さんの、お腹に響くような罵声が飛んだ。


「ああ…… 分かった……」

 野村が怯えたような声で力なく言った。


「それから……」

 広瀬さんの厳しい声に、野村がビクンと跳ねた。


「それから、広瀬グループは今後、渡辺商事との取引を行わない事を決めた。先ほど渡辺社長にお伝えした」

 
「---っ 何でだよ! もう、会わないって言ってるだろ?」

 野村は、少し怒りを交えて訴えてきた。


「困るんですよ! 営業先で女性に手を出されては。私にとって大切な社員が、あなたの行動に不快な思いをしているんです。現に、数名の女子社員から訴えがあります。すでに、うちの営業部長から注意を受けてらっしゃいますよね? 」


「くそっーー」

 野村は両手で頭をグシャグシャと抱え、その場に座り込んだ。


「こんなところで、ボヤボヤしる場合じゃないんじゃないか?」

 広瀬さんが口にしたと同時に、野村のスマホが鳴った。

 野村は、真っ青な顔でスマホをタップした。


 広瀬さんは小さくため息をつき、私の肩を抱くよにアパートに入ると、玄関の扉を閉めた。

 扉の外から、バタバタと野村の走って行く足音が響いた。
 
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