となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 洋服をクローゼットに収め、リビングで一息つく。
 熱いコーヒーでもと思うが、彼のマグカップが一つあるだけだ。もしかしたら、ここには女性が来た事は無いかもしれない。そう思うとなんだか嬉しくなって一人でにやけてしまう。


 しかし、落ち着かない…… あまりに、生活感がないのだ……

 私は、何もないキッチンを見回した。

「よし!」

 私は、カバンを持った。好きにしていいって言われたんだから!



有難い事に、近くにホームセンターがあった。とりあえず、フライパン、鍋、お皿、持てるものを買って、マンションへ戻った。

「これ、預かって下さい」
 
 あのコンシュルジュに告げると、一瞬見開いた目が優しく笑顔に変わった。

「かしこまりました」


 キッチンマット、ランチマット。テーブルクロス、ベッドカバーにスリッパなど買って、コンシュルジュへ。
 炊飯器を買って、コンシュルジュへ。何度往復しただろうか?


 部屋まで運ぶのに、コンシュルジュが手を貸してくれた。

「あの…… 私、変な人ですよね?」


「えっ? 何がでしょうか?」

 コンシュルジュは、上品な笑顔のまま言った。


「なんというか…… 色々な姿を見られていると思うんですけど……」


「私は、大変嬉しく、見守らせて頂いています」



「嬉しい?」

 私は首を傾げ、コンシュルジュを見た。


「はい。広瀬様が、嬉しそうにあなた様をお連れしているので。あの方のあのような表情を初めてみました。いつも、張り詰めているというか…… 私服で飲みに行かれる時も、疲れているようでしたので…… すみません、余計な事を申し上げました」

 コンシュルジュは、頭を下げた。


「いいえ…… そうなんですね……」

 私は、まだまだ彼の事を知らない気がする。まあ、当然だ。彼と言葉を交わし、まだ三日目なのだから。



「でも、これからは、大丈夫そうですね」

 コンシュルジュは、私の買ってきた荷物を見て微笑んだ。


 
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