溺愛の価値、初恋の値段
◆
(あ……お味噌汁の匂い?)
眠れるはずがないと思っていたけれど、泣き疲れたせいか、熟睡してしまった。
ほんのり漂う懐かしい香りで目が覚めた。
目を開ければ、木目調の天井が見える。
「え」
ガバッと起き上がり、見回した部屋は……。
(昨夜……音無さんの家に泊まったんだった……)
急いで部屋を出る。
「お、はようございます……」
音無さんは、キッチンにいた。
「おはよう。もうすぐできるから、バスルーム使って」
顔を洗い、髪を整えて戻るとダイニングテーブルには「ザ・日本の朝食」が出来上がっていた。
だし巻き卵、おひたし、ひじきの煮物、納豆、おそらく自家製のカブときゅうりの漬物、焼き鮭、ネギと豆腐のお味噌汁。
「……すごい」
「久しぶりに、自分以外の誰かのために朝食を作るから、張り切ってしまった」
音無さんは照れたように笑い、なんとお櫃からわたしにごはんをよそってくれた。
静かな部屋の大きな窓からは明るい日差しが差し込み、温かい光といい匂いに満ちている。
一つ一つのお皿は、料理の色や量と合うものが選ばれているのだろう。
盛りつけ方も角度や高さが一番美味しく見えるように工夫されているはずだ。
「いただきます」
きっと、本当の味はわかっていない。
でも、お味噌汁のいい香り、だし巻き卵のしっとりふわふわな感じ。ひじきの中に潜んでいたホタテと焼き鮭のほどよく引き締まった身。カブときゅうりの歯ごたえ。ツヤツヤのごはんを楽しむことはできる。
音無さんに、一つ一つの料理のレシピを訊きながら食べ終えた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。お皿は、わたしが洗いますね」
どう見ても、食洗器にはかけられそうもないお皿ばかりだ。
「いや……」
「後片付けまでがお料理だって、お母さんが言ってました」
「そう。じゃあ、一緒に」
広いキッチンは二人並んで立っても、狭く感じない。
片付けを終えると、音無さんは緑茶を用意してくれた。
ダイニングテーブルで、再び向き合って座る。
「今日は、海音さんとぜひ一緒に行きたい場所があるんだけど……先に、少し話をしてもいいかな?」
「はい」
昨夜のことを訊かれるのだろうと思い、俯きかけた耳に落ちたのは、まったく予想もしなかったひと言だった。
「いつから、味がわからないの?」