溺愛の価値、初恋の値段


音無さんは「ふう」と大きく息を吐いて、顔を覆っていた手を退けた。


「海音さん。恋愛経験が無きに等しい僕には、アドバイスする資格はないかもしれないけれど……どんな問題も、直接本人に確かめるのがいいということだけは確かだよ。人の目は、すべてを見通せるわけではないから。小さな誤解や嘘が、大きな過ちになってしまうこともある。きちんと話をしたほうがいいね」


それは、十年前に身をもって体験している。
飛鷹くんとあんな別れ方をした原因は、お母さんのこと、F県に引っ越すこと、女子校へ進学すること、大事なことを何もかも黙っていたせいでもある。


「はい……」

「僕のかわいい娘を泣かせるなんて、飛鷹くんは永遠に落ち込んでいればいいと思うけど……連絡だけは、してあげて。ものすごく、心配していると思うから」

「あ……。わたし、携帯を落として……」


連絡手段が何もないことに、いまごろ気がついた。


「え。そうなの?」

「……ハイ」

「じゃあ、僕の携帯使って。電話しづらかったら、メールでもSNSでもいいと思うよ」

「ありがとうございます」


遠慮なく使わせてもらおうと、差し出されたスマートフォンを受け取った途端、いきなり震え出して驚いた。

ディスプレイに表示されている名前を見て、固まる。



「ああ……以心伝心ってやつかな?」


音無さんは、苦笑しながらわたしの手からスマートフォンを取り上げた。


「はい、音無です。……おはよう。うん、いるよ。ちゃんと保護しているから安心して。……そうだね、そうしてくれる? ……うーん、それは、まだちょっと……」


しばらくやり取りした後、電話を切った音無さんは「出かけてくる」と言った。


「すぐ戻るから」

「え、あの……」


どこへ行くのか問う間もなく出て行ってしまった音無さんは、五分と経たずに戻って来た。


「はい、これ」


差し出されたのは、昨夜飛鷹くんの部屋の前に置き去りにした、わたしのスマートフォンだった。


「飛鷹くんが届けに来た。海音さんに会わせてほしいって言われたけど、断ったよ」

「え」

「一度、言ってみたかったんだよね。『おまえのようなやつに、うちの娘は渡さないっ!』って」

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