モブ子は今日も青春中!
第五章
立ち位置がぐらつきました
私が事故にあった日、あの日は何か特別な日だった気がする。
私はなんであの坂道にいたんだろう。
なんで自転車から落ちてしまったんだろう。
あの日のことを思い出そうとすると、治ったはずの頭がズキズキと痛む。
入院していたとき、事故のショックによる一時的な健忘だろうと言われた。無理して思い出すことはないと。
それよりも私は『黄昏のロマンス』の世界だと気づいてしまったことで気が気じゃなくて、事故のことなんて深く考えていなかったけれど。
『最近やっと落ち着いたけど、あんた夏くらいまですごかったじゃん、ずっと。』
なみの言葉を思い出す。
『あー、あれだ。事故って頭打って、変なこと言うようになって。あの辺からだよね、なんか三津谷先輩に対して壁を作るようになったの。』
事故以前の私、今の私…。
転生したと気づく前の記憶もちゃんと残っているつもりだったけど…。
私、兄ちゃんのことで、何か忘れていることがあるの?
足元がぐらついて、奈落に落ちそうな、不安定な感覚に襲われてゾッとする。
『私は、私』、そう何度も思おうとしているのに、本当は自分の立ち位置すらおぼつかない。
土曜日の朝から、1人で部屋に籠もっているから、こんな鬱々とした気持ちになるんだ。
「そうだ!出かけよう!」
考えることを放棄した私は、勢いよく部屋のドアを開けた。
出かける準備を簡単に済ませ、玄関で靴を履く。
すると、お母さんがリビングから顔を出した。
「ちょっと出かけてくるね。」
私がそう伝えると、お母さんの顔が悲しそうに歪んでいるのに気づく。
「…え?何?」
「かなめ…、どうして最近家にいないの?そんなに、うちにいたくなくなった?私たちのせい…?」
お母さんが、私の肩を掴む。
「何、言ってるの?お母さん。」
訳がわからない。
お母さんが目に涙を溜めて、私を見る。
するとリビングから、今度はお父さんが現れた。
「やめるんだ、冴子。…いいから、かなめはもう行きなさい。」
お父さんが私に縋りつくお母さんを制止する。それでもお母さんは必死になって私に訴え続ける。
「ねえ、かなめ。本当は覚えてるんでしょう?忘れたいだけなんでしょう?!」
いやだ…何これ?
すべてが怖くなり、私は家を飛び出した。
「………。」
坂を登った先にある児童公園で、私はボーっと放心していた。
最近、下校時間が遅かったかな。
それとも、休日出かけることが多かったかな。
事故にあった後だったから、お母さん、心配になっちゃったのかな?
先ほどのお母さんの取り乱しようを思い出し、掴まれた肩をなでる。
やっぱり私、何か大事なことを忘れているんだ。
キッと空を見上げて、立ち上がった。