懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
ポツリとつぶやいた声が白い息とともに夜空に溶けていく。気温がどんどん下がっているように感じた。
駅から歩くこと五分。地図アプリが目的地を指し示していた。
顔を上げれば、やけに大きなグレーの建物がそこにある。低層のハイグレードマンション。以前、亮介の車で立ち寄ったことのある外観だ。エントランスのガラス扉からあたたかな光が漏れており、三段ほどある階段を上がると自動ドアが開いた。
「わわっ」
たったそれだけで驚くのも、心が浮足立って仕方がないせい。
大理石でできたピッカピカのフロアを進むと、インターフォンらしきものを発見した。そこにある扉はとても重厚で、この先へは簡単に通すものかという雰囲気を醸し出している。
彼の部屋は三〇五。部屋を訪ねたこともないのにどうして覚えているのかというと、前にそんな話になったときに里帆のルームナンバーと同じで驚いたためだ。
もちろん里帆の住む場所は、こんなに立派ではない。
番号を押す指が震えるのは、かじかんだせいだけではない。すくんだ心と連動しているせいもあるだろう。
ところが勇気を振り絞って押したにもかかわらず、なんの応答もない。