さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜

「翌日も、茂樹さんが時折こんなふうに仮眠を取りながら、居続けで呑んでいらして……」

「ええっ?土曜日の夜からずーっと呑んでいたのっ⁉︎」

——『居続け』なんて、江戸時代の遊郭じゃあるまいしっ!


「この店はご予約がない限り日曜日が定休日なので夕方にはなんとかお帰りいただいて、その後はさすがに平日はお仕事があるためご来店されませんでしたが……」

そして、翔くんは(うつ)ろな目になった。

「一週間経った昨日の土曜日の夜、また休日出勤のあとお越しになって……そのまま居続けられて日曜日の今夜に至ります」

「ええっ?今週も土曜日の夜から呑み続けてるのっ⁉︎」

「ところが、今日はなぜか夜になってもどうしても帰ってくれなくて……
とうとう、光彩先生を呼び出してしまいました」

恨みがましげに、茂樹に目を向ける。

「おれ、月曜は一限からじゃないっすけど、午前中から講義入ってるんっすよ……
付き合わされる、こっちの身にもなってくださいよっ」

ド派手な金髪頭に、左耳にダイヤモンドが嵌め込まれたピアスをキラリと瞬かせて、一見チャラそうな風貌の翔くんであるが、「本業」はKO大学経済学部に籍を置く(れっき)とした大学生なのだ。


「翔くん、茂樹が迷惑をかけて本当に申し訳なかったわね」

いたたまれなくなって、わたしが代わりに謝った。

「いえいえ、いつまでも茂樹さんが収まるところに収まってくれないと、おれも困るんっすよ。
わかば()に近づいてくる男にいちいち目を光らせる「独り身」の過保護な兄貴がいたんじゃ、いつまで経ってもデートひとつ誘えないっすからね」

茂樹の妹であるわかばちゃんは、翔くんとは同学年だった。

——そうか……なるほど……

かわいそうに、わかばちゃんは茂樹という「頑固親父」に生活全般をそれとなーく「監視」されている。

——翔くんも「前途多難」だなぁ……


「……というわけで、明日の月曜日もまた午前中から講義がありますんで、おれは帰ります。
店の鍵は光彩先生にお預けしますので、今夜はお互い素直になって、どうぞ存分に話し合ってください」

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