さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
重厚なふっかふかの絨毯の上を、慣れないピンヒールで転けませんように……と念じながら歩く。
先刻スタイリングしている間に届いた、菅野先生からのLINEで指定された中国料理店(こういうところのお店は決して「中華料理」とは名乗らない)へと向かう。
もちろん、ミシュラン星がきらきらと瞬く高級店である。
とは言え、気の張った料亭やフレンチと違って作法やテーブルマナーにそれほど気を使わなくてよさそうな中国料理はありがたい。
そもそも「初デート」だしね。
「高級店」だから気は抜いていないけれども、だからと言って気合は入りすぎていない、絶妙な匙加減だ。
——さすが、菅野先生。手慣れてるわぁー。
それに、美味しいとウワサには聞いていたがわたしにとっては初めて訪れるお店なので、めちゃくちゃ楽しみだ。
——茂樹とは、望むべくもないお店だしね……
天下のTOMITAの富多副社長を補佐する秘書である茂樹は、きっと、このようなお店を接待でセッティングしたりされたりして、訪れることはあるだろう。
だが、しかし……
——プライベートで、わたしと来ることは絶対にない。
「……光彩先生」
名前を呼ばれて、声の方を向くと、お店の前に菅野先生がいた。