さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「菅野先生、お忙しいところをお待たせして申し訳ありません」
わたしは足早に彼の許へ駆け寄った。
「あのさ、別に仕事の打ち合わせじゃないんだからさ。そんなに慌てなくていいんだよ。
それに、きみだって仕事だったんだろ?」
菅野先生は苦笑して肩をすくめた。
「す、すいません……」
わたしはぺこりと頭を下げた。
「それにしても……今夜はずいぶんとオシャレしてきてくれたんだね。うれしいな」
「えっ……?」
わたしは下げていた視線を上げて、菅野先生を見た。
「そのブルーのワンピース、すっごくきみに似合ってる。それから、いつもはストレートの黒髪がハーフアップの綺麗な巻き髪になってるね。かわいいよ」
——う、うそっ!
菅野先生って、会っていきなりこんなふうに「デートの相手」を褒める人なんだっ!
「失敗したな。おれも、着替えてくるんだった。
……いかにも仕事帰りのこんなスーツでごめんね」
そうは言っても、彼が生まれ育った横浜の地に文明開化の頃から店を構える老舗テーラーの仕立てによるものだ。
厳選された英国製の生地に、職人の見事な技が見て取れる逸品である。
「それからね、おれたち一応『付き合ってる』んだからさ。
『菅野先生』はないんじゃない?……光彩」