この男、危険人物につき取扱注意!
「覚えて無くて良いのよ?
それだけ愛されて育ったって事ですもの」
「はい。小野田の父と母からは沢山の愛情を頂きました」
園長は“良かった”と嬉しそうに微笑んで居た。
「あ、本当のご両親の事が聞きたいって事だったわね?」
「はい。社会人にもなりますし、知っておきたいと思いまして…
父と母は、何も聞いて無いからと言ってますし、私がここを尋ねる事もちゃんと話して、納得してくれました」
「そう…
本来なら教えられないんだけど…
小野田夫妻が納得されてるなら…
あなたも成人されてる事だし…特別と言う事でお話ししましょう」
そう言うと園長は書棚から古いファイルを取り出し、中を数ページ捲ると写真を1枚取り出し、そのままファイルをもとの場所へと戻した。
「ちーちゃんはここへお母さんに連れられて来たのよ。
この写真を見て当時を思い出したわ」
園長はそう言うと、千夏へ写真を手渡した。
そこには赤ちゃんを抱いた若い女性が写っていた。
(この人が…私のお母さん)
「そう、この日はウチの孫娘の誕生日だったからよく覚えてますよ…」
園長は遠い昔を懐かしむ様に千夏へ話し始めた。
とても暑い日の事で、産まれて間もない千夏は母親の腕の中で眠っていたと言う。
母親はびっしょり汗かき、園長の出した冷たい麦茶をゴクゴクと飲んだと思ったら急に泣き出し、夫に出て行かれて一人では育てられなくなったと話したそうだ。
「でもね、生活の基盤が出来たら必ず迎えにきますから、その間だけこの子をお願いしますって頭を下げて頼んだの…
本当にあなたを手放す事を悲しんでたのよ」
「…そうですか…」
話を聞いた千夏の目から涙が溢れ、園長はハンカチを差し出してくれた。
「それで母から連絡は…?」
「お母さんの友達って方から亡くなったって連絡が…
働き過ぎて体を壊したそうよ…
きっと、あなたを早く迎えに来たかったんでしょうね?
そうだわ!この時に着てた洋服、残ってると思うから、ちょっと待っててちょうだい」
園長はそう言うと部屋を出ていった。
せめて名前だけでも知りたいと、千夏は書棚からファイルを取り出し勝手に中を見てしまった。
そこには、古い新聞の切り抜きが数枚貼られていた。
『産まれたばかりの赤ちゃんコンビニで発見!』
記事の見出しに、千夏は目を見開いた!
(へその緒をつけた赤ちゃんが、新聞に包まれコンビニの段ボール置き場に…捨てられていた…
泣き声に店員が気づき発見された。
赤ちゃんは病院で検査を受けたが、特に問題は無く元気にミルクを飲んでいるとの事。
母親の情報を求める…)
初めの1枚は大きく報じられていたが、日が経つ毎に記事は小さくなっていた。
(この赤ちゃんが…私…なの…
園長先生の話は…全て嘘…)
その時足音が聞こえ、千夏は慌ててファイルを戻すと、もといた場所に座った。
「お待たせしましたね?
これが、あなたがここに来た時に着ていた洋服よ」
そう言って千夏に差し出したのは、写真に写っていた赤ちゃんが着ていた同じピンク色のベビー服だった。
「ほら、ここに“千夏”てあるでしょ?
お母さんがあなたのために縫ってくれたのよ」
園長が言う様に、そのベビー服には赤い糸で千夏と印があった。
(こんな物まで用意して…作り話を)
千夏は知ってしまった事は何も園長には言わず、そのまま御礼を言い施設を後にした。
駅へ向かう足どりは、来た時とは違ってとても早かった。
そして、駅に着くと貰ってきた写真は破り、ベビー服を怒りのまま握りしめそのまま駅のゴミ箱へと放り込んだ。
家に帰った千夏は、園で知り得たの事は家族の誰にも話さず、ただ“何も分からなかった”とだけ伝えた。