三月のバスで待ってる

「あっ、トイレ寄ってってもいい?」

教室に戻る前に杏奈が言った。

「あ、うん」

教室近くのトイレのトイレに入ろうとした時、「うそー」と甲高い声が聞こえてきた。チラリと見えたのは、隣のクラスの目立つタイプの女子たちだった。

「それほんと?ただの噂じゃなくて?」

噂ーー。

その瞬間、嫌な予感がして、思わず足がすくんだ。

「ほんとほんと。先生たちが話してるの聞いちゃったもん」

「えー、じゃあほんとかもねね。でもびっくり。櫻井さんがねー」

聞こえてきた自分の名前に、ドクン、と胸を殴られるような痛み。この手の噂は、前の学校でも嫌になるくらい聞いた。でも、この学校にまで広まっているなんてーー

「ちょっと怖いよね」
「隣のクラスでよかったー」
「ねー、あんまり近づかないようにしよ」
「近づくとなんか移りそうだよね」
「病気じゃないんだから移るとかやめなってー」
「いやー、病気みたいなもんじゃん?」
「てかそんな噂されるくらいなら、死んじゃったほうがマシかも」
「だよねー」
「川口さんとかいつも一緒にいるけどどうなんだろうね」
「どう見ても同情でしょ、あれは」
「あー、高感度アップ?かわいそうな子と一緒にいてあげてる自分いい子でしょみたいな?」
「あと鈴村くんの隣だからとかもあるよね」
「鈴村のためにバスケ部のマネージャーやるくらいだもんねー。彼女でもないのにべったりでウザいよね」
「うわ、あざとーい」
「何も考えてなさそうな顔してよくやるねー」

……なんで。

アハハ、と楽しげに笑う声。耳を塞ぎたいのに、いますぐここから立ち去りたいのに、動けない。

袖をくい、と引かれた。杏奈が心配そうに私を見ている。

「……深月」

「行こう」

そう言って、走り出した。

1秒でもその場にいられなかった。やっとできた友達に、過去の自分を知られたくなかった。

考えてもいなかった。

噂が広まっ時、自分のことだけじゃなく、そばにいる人まで悪く言われるなんて。

嫌というほど、知っていたはずなのに。



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