三月のバスで待ってる
「深月、ねえ、ちょっと待ってよ」
何度も呼びかける杏奈に、私は何も答えられず、何も考えられずに、ただ走った。
走っているうちに、モヤモヤした黒い感情が一気に増殖していく。
どうして笑えるのか。人の不幸がそんなに楽しいのか。自分や友達が同じ目に遭ってもそんなふうに笑って話せるのか。
そんなわけない。人のことだから、自分とは関係のないことだから、そんな風に笑えるんだ。
先生たちもそう。生徒の耳に入る場所でそんなことを話すなんてどうかしている。隠しているつもりかもしれないけれど、広がることを恐れていない証拠だ。
とっくに、こうして回り回って本人の耳にすら届くほど広まっているのに。
ーーみんな、あの子たちと同じ。
記憶の中、黒く塗りつぶした顔が、煙のように湧き上がる。アハハ、と楽しげな笑い声。悪意に満ちた眼差し。同情、好奇心、無関心。そういう声や視線やすべてから逃げたくてここに来たのに。
どこまでいっても切り離せない影のように執拗に追いかけてくる。
いったいどれだけ、どこまで逃げ続ければいいんだろう。