ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
「日詠先生・・・朝早くにすみません。」
本を抱えたまま医局の自分のデスクに戻った俺の背後からかけられた声。
『美咲、どうした?』
「・・・お忙しい中、申し訳ありませんが、来月の学会で発表する演題の抄録の添削を日詠先生にもお願いしたいのですが・・・』
その声からは申し訳なさだけでなく、疲労までも伝わってくる。
『美咲、昨日、日勤で終わったんじゃなかったのか?』
「救急対応が入って・・・抄録作成も進んでいなかったのでそのまま・・・」
『ここ3日ぐらい家に帰ってないんじゃないのか?』
「・・まあ・・でも、中途半端にしたくないなと思って・・・でも、元気ですから!」
山村主任の忠告通り、美咲はおそらく頑張りたいという気持ちだけで動いている空回りな状態に見える。
確かに、俺達、医療人は成長するには経験を積むことが必要不可欠な職種
そのためにも、多くの症例に触れる必要がある
俺自身も、美咲ぐらいの歳だった頃はそのために自宅に帰れないことなんか当たり前だった
自ら、妊婦や患者に近付いていった
『そうか、無理はするなよ。』
だから、そう声かけはするけれど、今の美咲の手を気軽に止めることなんかできない
「はい、頑張ります。抄録、宜しくお願いします。」
『わかった。』
俺は疲れた表情を隠すようににっこりと笑った美咲に小さく頷いて、再び患者のもとに駆け付けようとしている彼女の背中を見守った。
おやすみのキスとイエローカード
それら2つを同時に携えた朝。
俺は飲みかけだった缶コーヒーを飲み干してから、業務を開始するために産科病棟へ向かった。
それら2つとも自分が守る
そう心に誓いながら。