ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
Hiei's eye カルテ16:空回りな俺の眠れない夜


【Hiei's eye カルテ16:空回りな俺の眠れない夜】




医局で一緒に話をしていた矢野先生が立ち去った後の午後8時半。
俺は矢野先生からご馳走になった缶コーヒーを飲みながら、相変わらず医局の自分のデスクで手の外科の勉強を続けていた。

『こんなに細かいこと、するんだな。手の手術はもちろん。リハビリも。』


少し理解し始めた手の外科関連の知識
それを基にしながら、伶菜の手術中や術後の様子を森村医師に聴いてみたい
でも、食堂ですれ違い様にきかされた彼の悪意に満ちた声を想い返すとモヤモヤするけれど
それでも自分ができることを探したい

もしかしたらまだ伶菜の執刀医である森村医師がまだ院内にいて、後ろにある彼のデスクに戻ってくるかもしれない

・・・そう期待しながら、本に目を落とす。


『でも、こんな時間だし、もう帰ったよな。』


・・・そうも思いながら、手術後の後療法(リハビリ)についてのメモを取る。



リハビリについては詳しくは学んだことがない
研修中に、リハビリテーションセンターを見学したことはあるが、歩行練習や筋力トレーニング、電気治療の様子しか目に入っていなかった

自動屈曲?
他動伸展?
アウトリガースプリント?

リハビリは理学療法士だけではなく作業療法士もいて、
手のリハビリは作業療法士が担っているんだ


医師として従事し始めてもう少しで10年になろうとしているのに
同じ医療でもまだまだ知らない世界がある






『これは独学だけではどうにもならないな・・・』


俺はノートパソコンで当院のホームぺージでリハビリテーション部門の記事を見始めた時、背後でデスクの引き出しをガサコソ漁る音と共に


「やめておけ・・・俺、言っちゃったな。とうとう。」


待ち人の声が聞こえた。
なぜか聞いているほうがゾクリとするような、彼らしくない呟き声。


なにをやめておけなのか?
なにをとうとう言っちゃったのか?

おそらく診療に関することなんだろう
俺には関係のないことだろうけれど
なぜかひっかかる


そんなことを思った俺はメモを取る手を止めてつい振り返ってしまった。
それと同時に鞄を持って一歩踏み出そうとしている彼と目が合った。

『森』
「お疲れ様です。お先です。」


彼を呼び停めようとする俺
すぐさま俺から目を逸らし挨拶をして帰ろうとする彼

声が重なった。


けれども、

呼び停めてはいけない空気を感じる俺
呼び停めて欲しくない空気を醸し出している彼

『お疲れ様でした。』

俺の挨拶返しの後に
彼と俺の視線が再び合わさることはなかった。






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