ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
そして私は完全に動く術を失っていた。
「はーい。じゃあ私、カートを再チェックするから、小松はガーゼをバックヤードから持ってきてくれる?」
「あーい、了解!」
全く動けない私とは対照的に
看護師さん達はバタバタと動き始め、彼女らの声が遠のいてしまった。
どうやら彼女らはナースステーションの奥へ行ってしまった様子。
そして森村医師はというとカウンターに上体を預けながら
処置の準備をしている彼女らと廊下で動けなくなっている私に交互に視線を配っていた。
ゴロゴロゴロッ・・・・
処置カートらしき台車が近付く音がした瞬間
彼はほんの一瞬、顔をこちらに向けて私にニヤリと笑いかけてみせた。
「あっ、こっからはオレがカート持ってくからいいよ。それじゃ。」
ゴロゴロゴロッ・・・・
さらにカートの音が近付く。
もう逃げも隠れもできない
そんな状態。
そして処置カートは
私の真ん前で止まった。
「さってと、眠れない蝶、つかまえた♪」
えっ?!
眠れない蝶って
・・ワタシ??
『・・・・・・・・・』
こんな真夜中に
自分の目の前に処置カートと森村医師。
そんな想定外の状況につい後ずさりしてしまった私。
「そんな警戒しなくても・・・・・オレ、言ったろ?主治医として仕事をしに来るって。」
それに対して森村医師はというと
いつも患者さんと向き合う時のようないつもの親しみやすい口調で。
『でも、こんな時間に・・・』
「オレも眠れなかったから・・・っていうの・・・信じる?」
『・・えっ?!』
彼が眠れないなんて
自分の中ではそれも想定外の言葉だったりして思わず声を上げてしまった私。
「キミにあんなコトしちゃったしね。なんとなく、今でも自分は間違ったことしてないと思ってるけど、オレは主治医でキミは担当患者・・・それは確かな現実。だからきっと、キミが戸惑ってるかなと思ってさ・・・・」
『・・・・・・・』
「だから、明日朝にでも早々に傷の処置をして、キミに主治医らしいトコ見てもらって、キミの中での戸惑いを少しでも軽くしてあげたいと思ったんだけど。で、今、こんなトコでキミを見つけちゃったし・・・だったら傷もココロも・・早くケアしてあげたほうがいいのかなって。」
この人にはかなわない
全てお見通し
しかも私の気持ちまでもちゃんと察していてくれる
だから本当にかなわない・・・・
ゴロゴロ・・・・
今さっきまで目の前に止められていた処置カートは
彼によって再び前へ押し出され、私の右側を通り抜けた直後、またすぐに停まった。
ガチャッ、パチン・・・
そして彼によってドアが開けられて
灯りが点された。
そこは観察室と書かれた6畳くらいの狭い部屋。
その内部には照頭台や点滴台、ロッカー、そしてキレイにシーツがかけられたベッドが配置されていた。
自分の病室となんら変わらないレイアウト、そのもので。
いつもガーゼ交換をして貰っている処置室とは全く異なり、医療器具や医薬品などが一切置かれていなかった。
「さあ、ココへ入って、高梨さん。」
森村医師は開けたドアにもたれながらいつもと変わらない声色でそう促してくれたのに、その部屋の内部を目の当たりにした私はまたまた後ずさりしてしまった。
それと同時に反射的に右手をポケットの中に突っ込んで、その中に入っていたハーモニカと婚姻届をギュッと握り締めながら。