ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来


駅のホームで電車を待っていた俺達の前をさほど減速しないまま通過した赤い特急電車。
その音や風圧にも驚かない、以前とは異なる彼女がそこに居て。
通過電車の激しい風圧で傾きかけた彼女の体を支えてやろうとした自分の右手。
それは、彼女がめいいっぱい踏ん張りながら姿勢を立ち直したことによって空を切った。


俺よりも一歩前方に居た彼女は、さっきの通過電車の風圧で乱れた前髪をささっと直している。
それを横目に俺はというと、宙に浮いたままだった自分の右手を白衣のポケットに入れて空を仰ぐしかすることがなかった。


そうやっているうちにやって来た各駅停車の列車。
ちらっと俺を見ながらも前に進み、俺の動向に気を遣ったのかドア付近に立ったままの彼女。
車内がかなり空いていることもあり、立っているほうがかえって目立ってしまうと思った俺は、

『まだしばらく乗っていなきゃいけないから、座ろう。』

と彼女に声をかけてから、座席に腰掛けた。


小さく頷きながら、俺の前を通り過ぎようやく座席に座った彼女。
鞄は俺とは反対側に置いてあるのに、隣で座っている彼女と俺は鞄の幅くらい隙間があいている。



混雑していないからなのか?
それとも
傍に寄ってはいけない・・・そう思っているのか?

ほんの少しの距離に
激しく寂しさを覚える

すぐ手が届く距離にいるのに・・だ


でも、入職当日のいきなりの異動辞令
それだけでも混乱してもおかしくない

せめて、電車に乗っている時間だけでも
彼女に混乱しているであろう頭の中を整理したもらう機会にしてもらおう


そう考えた俺は目を閉じた。



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